猫が重い病気になったとき(続き)

こんにちは。昨日の続きです。

私たちの愛猫が重い病に侵されたとしたら、

私だったら、同じ病気について誰かが書かれた「闘病ブログ」は読みたいです。それが厳しくつらい記録であっても。

動物医療のサイトを読むのと、闘病ブログを読むのは少し目的が違うと考えています。現在では動物医療のサイトも充実していて、私たち一般人にもわかりやすく説明されたものもたくさんあります。

自分の大切な猫がいまどういう状態なのか、今日何ができるのか、明日できることは何か、1か月後は? 次々うかんでくる不安を解消し、疑問に答えてくれます。

ですが、私は医療サイトだけじゃなくて闘病ブログを探して読みたいです。

猫の体調や治療経過、今後の治療や回復見込み、いろいろありますが、知りたいのは飼い主さんのこと。どういう局面で何を考え、悩み、葛藤し、そしてどのような決断をするのか、です。どうしたらよいものか迷ったとき、この方ならどうされるのか、知りたいです。

病状に一喜一憂し、複雑に揺れ動く飼い主さんの心、諦めたくないという気持ち、まだまだ何かできるという希望、そして不幸にも最後に万策尽きたときにしなければならない決断。

飼い主さんがつらい精神状態の中で気力をふりしぼって綴られた文章は、同じ病気で闘病する猫の飼い主さんへの贈り物であり、すべての猫の飼い主のためのWeb上に残る資産なのだと思います。

「猫のとらじの長い一日」という漫画があります。猫エイズを発症した愛猫の闘病から看取り、その後に訪れるペットロス、つらく重い気持ちがいつか愛猫への感謝へ変わる日までの記録がていねいに描かれた作品です。とても好きな作品です。

この「猫のとらじの長い一日」の中で、作者の今川はとこさんは、とらじの看病をしながら猫の闘病ブログをずっと読んでいた、と語っています。そうしながら、とらじとのお別れの心構えをし、自分もいつかこの時のことを書こうと思われたそうです。

この日本のどこかで誰かによって書かれた猫の命の記録。それを必要としている人はたくさんいるのだと思います。

命の最後の日の記録は読んでいて辛いです。帝くんの最後の日もそうでした。

もうすぐその短い生が終わろうとしている子の数々の写真。そのつらい状況で写真を撮り続ける冷静さに疑問を持つ人もいるかもしれない。猫ブログの読者の目的は様々ですから、見たくない人、読みたくない人もいるでしょう。

しかし酒井さんは帝くんがこの世に生きた証として、どんな姿であっても残しておきたかった、そして、愛猫が同じ病気で悩む方たちのためにも記録を残したかったと言っています。

ひとつひとつの症状が重要な情報になるかもしれない。「その時あなたならどうしますか。」と問われれば「私はこうしましたよ。」と。それが亡くなった子への手向けだと。

死生観も価値観も人によって実にさまざまで、いくら議論しようとも、一つの答えには到達しません。批判はあるかもしれないけど、酒井さんは帝くんの親として、信じた使命を忠実に実行されました。そのことに酒井さんの信念を感じました。

帝くんが旅立ってから1週間が経ちました。謹んで彼の魂が安らかでありますように。そしてFIP(猫伝染性腹膜炎)が治癒できる日がいつか来ますように、願ってやみません。