憧れの人 兼高かおるさん 安らかに

こんにちは。

ジャーナリストの兼高かおるさんが1月5日に90歳で亡くなられたというニュースが流れました。

40歳代、あるいは30歳代後半以上の方なら『兼高かおる世界の旅』(1959~1990)というテレビ番組を憶えていらっしゃると思います。

兼高さんは子供のころから私の憧れの人でした。大人になってからも「憧れの人は兼高かおるさん」と言ってました。

『兼高かおる世界の旅』が始まったのは1959年。1ドルが360円の時代、庶民が簡単に海外旅行には行けない時代だったそう。たしか渡航制限みたいなのもあったそう。

海外なんて遠い遠い向こうの話、そんな時代だったから兼高さんの世界の旅番組はすごく魅力的だったに違いない。今みたいに海外の旅番組なんて他にありませんでした。

女優さんみたいに美人で賢そうな兼高さんが世界のあっちこっちへ出かけて、えらい人達(王族や国家元首とか)に会ったり、かといえば次の週は秘境へ探検して、部族の人と同じものを食べていたり、そりゃあ驚きの連続でした。

小学生だった私は、憧れのまなざしで彼女の番組を夢中で観ていました。「兼高さんみたいになりたい」的な目標の人ではなく、手の届かない遠い憧れの存在、そんな人でした。

番組で150か国を訪れたこと、初めて南極大陸を訪れた女性のひとりであること、スカンジナビア航空が主催した「世界一周早回り競争」で73時間9分35秒の世界記録を打ち立てたこと。

彼女の成し遂げたことは、どれもこれも規格外でスケールが大きくて、すごいとしか言えません。

そう書いていくと「豪快でおっさんのようなおばさん」を想像しがちですが、違うんです、それが。美人で育ちの良さがにじみ出る上品な方なんです。

今でも覚えているけど、「わたくしね」とか「ほほほ、そうなんですの」みたいな言葉が自然に出てくる、まさにお嬢様な雰囲気の方でした。

『兼高かおる世界の旅』はスタジオで旅の映像を背景に、兼高さんと聞き手の芥川さんのトークで進行するものでしたが、お二人の掛け合いも絶妙で人気がありました。

とある日の放送で、

ボルネオの奥地らしきところの深い池のほとりで、美しい兼高さんが水着姿で立っている映像が流れ、

芥川さん「ま、まさか、兼高さん、この池に飛び込むんですか?」

兼高さん「ほほほほ、そうなんですの~。」

その瞬間に、背景の映像では兼高さんが池に飛び込んでいるという衝撃の映像が、、、。ボルネオですよ、、。何10年も経ちましたが、いまだに忘れることはありません。今ならともかく、あの時代ですからね。

上品な言葉やたたずまいとはうらはらな豪快な行動力が魅力的な方でありました。

『兼高かおる世界の旅』は1990年に放送終了しましたが、兼高さんはその後、晩年まで取材旅行を続け、たくさんの本や評論を執筆されました。

憧れの人、兼高さん、お疲れさまでした。あの番組を通して、どれだけたくさんの人が世界の見知らぬ国、文化や歴史、自然に興味を持ったことでしょう。ありがとうございました。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

それでは。

 

 

 

 

 

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