猫が家へきた日に思う

こんにちは。

よく晴れた10月の空にうかぶ薄いうろこ雲がきれいです。14年前の10月3日も今日のように晴れていました。

14年前の今日うちへ来ましたよ。14歳になりました。

猫を家へ迎えたとき、予定がわかっていてあらかじめ準備ができた人、ある日突然の出来事でまったく準備ができなかった人、人によってそれぞれだけど、最初の1日は誰にとっても忘れられない大切な1日ですよね。

十猫十色、猫はいろんな形でやってくる。

猫を保護したときの記事は → こちらです。

家のすぐ近くに子猫が捨てられてると気づいたのが午後4時過ぎ、それから家へ連れてきたのが午後5時近く。フードやトイレを買いにホームセンターへ走り、帰ってきたら夜になっていました。夕方からはそれはあわただしかったです。

その夜は、それまで犬しか飼ったことがなかった私が猫と過ごす最初の夜になりました。このふわふわでしなやかな生き物と関わる第1歩でした。

翌日は猫に詳しい知人に付いてきてもらい動物病院へ。基本的な診察と処置(ノミ取りや検便など)、ウイルス検査(猫エイズ、猫白血病)をしていただいて3000円でした。保護猫に理解ある先生、ありがとうございました。

みいはおとなしくて穏やかな性格です。先住犬とも友好的、その後家へやってきては短期滞在していく保護猫たちとは一度も争ったことがありませんでした。外の世界を経験してないせいか、おっとりしてるんです。

今年で14歳を迎え、シニアの年齢域に入りました。体調を崩して通院したことも何度かあったけど基本は健康、元気でいます。

来年も、再来年も、その次の年も、ずっとずっと、10月3日を迎えられますように。猫が家に来た日に思うのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食べてはいけないペットフード 週刊新潮8月9日号

こんにちは。

秋晴れもすがすがしい10月2日。ちょっと前の話ですが。

出典元:http://www.shinchosha.co.jp/shukanshincho/

いや~、ショッキングな内容でしたね~💦 皇室ネタじゃないですよ。ペットフードのほう。週刊新潮の8月9日号。読まれた方もたくさんいらっしゃると思います。

なんと言っても危険なフードを実名名指しですから! それも、見たこともないあやしい安物フードならともかく、ドラッグストアやホームセンターでいつも見かける国産を強調してるやつとかが危険なんて、ショック受けます。

日本ってペットフード後進国らしい

私がうちの犬猫を飼い始めた18年前は、「犬猫には必ずドッグフードやキャットフードのみを与えること、手作りなんてもってのほか」という意見が大多数でした。

その根拠は、「ペットフードは犬猫に必要な栄養バランスを正確に計算してつくられたもの。一般家庭でこの複雑な栄養バランスのフードを作ることは不可能」というものだったと憶えています。

ふーん、栄養バランスに関してはわかる。しかし、添加物使用の問題とか、原材料が安産素材なのかとか、納得できないことが残る。なので、うちの犬猫にはドッグフードやキャットフード以外に鶏肉や牛肉、魚とかたくさんあげてきました。

そもそもペットフード安全法ができたのは2009年。

なんと日本には9年前までペットフードに関する公的なガイドラインがなかったわけです(ひゃー)。 それまでは自社規定でやりたい放題。

そしてペットフード安全法が制定されたのちも、人間用には禁止されている添加物とか死亡畜産動物の食肉が使用され続けてるようです。これってペットの健康を守るための安全法じゃないですよね。

今考えてもとても不思議なのは、ペットフード安全法も存在しなかった20年近く前にどうしてペットフード絶対至上主義みたいな考え方が主流だったのでしょう。法の規制もなく、それぞれの会社が自社のルールだけでペットフードを作っていた時代に。

毎日献立を変える人間と違って、同じフードを毎日食べ続ける犬猫の場合、そのフードが安全でないものだとすれば、、、毎日体内に蓄積するわけで、なんとも怖いですね。

昨日の夜、ノーベル生理学、医学賞を受賞した本庶教授がインタビューで、

「常識だとか既存のものにも嘘はいっぱいある。疑って、何が正しいかを考えてみることが大切。」

とおっしゃってました。本質だとか、本当に正しいものを見つけるためには、嘘のものを見過ごしたり、流されてはいけない、ということですよね。

適切なフードは自力で手に入る

数年前にペットフードのアドバイザーをしている方とお話ししたことがあります。彼女がおっしゃるには「ペットフードの品質は価格に正比例している。たとえばEU基準をクリアしているものがおすすめ。」とのことでした。

週刊新潮の記事を読んでみてペットフードの見直しをするのもいいかもしれません。輸入物もほとんどネット通販で手に入りますしね。

フードの手作りは面倒くさいけど簡単おやつぐらいなら、というかたはぜひ試してみてください。 → 自画自賛の猫手作りおやつ

猫たちも食欲の秋ですよ~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

猫や犬にかまれた人へ捧ぐ

こんにちは。

台風24号も通過し、今日から10月です♪ 10月もよろしくお願いします。

世の中には「猫にかまれたことがある人」「犬にかまれたことがある人」「猫にも犬にもかまれたことがある人」「猫にも犬にもかまれたことがない人」と4種類の人間に分別できます。

この4種類の人間は日本でどのような人口比になっているのか興味があって調べてみたのですが、結局数字でわかる資料は見つかりませんでした。日本ペットフード協会さんあたりがアンケートしてるかな、と思ったんですが(あるわけないか。)

なぜそんなどうでもいいことに興味を持ったかと申しますと、今年になってから生まれて初めて犬にかまれまして、私は晴れて「猫にも犬にもかまれた人」グループに属することになりました。

最後に猫にかまれたのがちょうど4年前で、東区の整形外科で診てもらいました。その4年後の今年、犬にかまれて(うちの犬じゃないんですが)同じ整形外科へ行きました。

けっこうおじいちゃんの先生が私を見て、カルテもあまり見ずに、

「ああ、あなた、前も何かにかまれたよね。ええと、(カルテを見て)猫だったね、あのときは。で、今日は犬にかまれたって?」

前回はかなり腫れて4回も通院したので憶えていたのでしょうか、それとも猫にかまれて整形外科受診って少ないのでしょうか。とにかく、おじいちゃん先生は猫にかまれた私を憶えておられました。

そんなことで世の中で犬や猫にかまれた人、かまれたことがない人の割合ってどうなってるのかな、と少しだけ興味を持ったわけです。

役にも立たない話をつらつらと書いてしまいましたが、生まれて初めて犬や猫にかまれた場合、何科を受診すべきかとっさに思い浮かぶでしょうか。私はできませんでした。

ぐさっと穴があいた指、ダラダラ止まらない血、ずきずき痛み、パンパンに腫れるクリームパンのような手、猫にむりやり薬を飲ませようとした私が悪かった、怒るよね、ごめんねという後悔の気持ち、痛みや感情が錯綜し、俊敏に行動できない。

「何科に行くんだっけ??」

とっさに思いつかないのでした。携帯で調べてやっと正気に戻る。

・ 整形外科、形成外科、皮膚科

・ 総合外来(外科系のあるところ

でした。私は当時の職場の近所にある整形外科へ行きました。少し切開して消毒、ガーゼを巻いてもらって抗生物質をいただきました。翌日と翌々日に経過受診、その一週間後に再受診で終わりでした。傷の具合によっては点滴もあるらしいですよ。10日間は抗生物質服用しました💦

かまれたらまず腫れる、すぐに受診が吉

犬や猫にかまれたときの対応はネットで検索するとけっこう出てきます。「流水でよく洗浄、腫れた場合は病院へ」という記事もよくあります。

だけど、猫にかまれたらまず腫れます。私が診ていただいたおじいちゃん先生も「猫のひっかきはともかく、かまれたら絶対腫れる」と言ってました。なので、かまれたら様子見しないで直ぐに病院へGoが吉だと思います。どちみちほとんどが抗生物質のお世話になりますから。

私の場合ですが、犬のときは10日ぐらいで傷口がとじ、日数かけて皮膚再生しました。猫のときは犬と同じぐらいの日数で傷口がとじましたが、痛みが残り、治るのが遅かったです。猫にかまれたほうがダメージ大きかったです。

まとめると、

猫や犬にかまれた人に捧ぐなどと大げさなタイトルのわりには総合外来、整形外科、形成外科へ行こうという普通な結論ですみません。ですが、様子見しないで病院へ急ぐことをおススメします。感染症で重篤な症状におちいった例もありますしね。

あと、かんだといって猫を叱っても無駄だと思います。後になってからはなおさら。猫は自分を守るためにかんだのですから、何がいけないのか理解できないでしょう。

猫は危険や不快を感じて人をかんだわけです。理由なしに攻撃しませんものね。私はあれから薬の無理強いをやめて、あの手この手で飲ませるようにしてるんですが、これがまたムツカシイ💦

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

火災共済で台風被害は補償されませんでした

こんにちは。

あの台風21号から10日経ちました。私のうちのご近所さんでも「トタンがはがれた」「瓦が飛んじゃった」「簡易物置が倒れた」など、そこそこの被害があったみたいです。

でも、町内でいちばんお騒がせして、ご迷惑おかけしたのはうちです💦

申し訳ありませんでした。

 お騒がせはこちらの記事で💦

とりあえず問題の箇所を修理しなければなりません。ネット検索で修理業者さんを探すことにしました。そのときネットに出てくる多数の広告、それは、

「え? その修理、実費でするんですか? 火災保険を使えば0円で修理できますよ! お問い合わせは○○○○まで!」

そうなんですか! 台風被害だから火災保険のことは思いつきもしませんでした。保険で修理できるんならうれしい!!

ということで、さっそく火災保険の書類を探す。ゴソゴソ、ゴソゴソ、「ありましたー。」

うちが加入していたのは、愛知県共済 ホーム火災共済でした。

HPで補償内を確認してみると、、がーーーーん。

※ 地震、風水害等の自然災害(落雷を除く)による損害につきましては、保障の対象になりません。(愛知県共済のHP記載より)

この共済では台風被害の修理は補償されないみたいです、くっすん。

ホーム火災共済は火災のほかに、落雷、飛来物、爆発や盗難などいろいろ補償カバーしているにもかかわらず、地震と風水害は補償しないんですね。

 

台風被害の補償についてちょっと調べてみた。

・一般の火災保険(東京海上日動とか三井住友海上とかetc)  補償あり

・なごや市民火災共済  保障ではなく見舞金として10万円を上限として支給

・愛知県共済 ホーム火災共済 保障なし  ←  うちがこれ

・全労災 住まいる共済 補償あり(上限300万円)

なんていうことでしょう! いちばん入っちゃいけない保険に10数年お金払い続けてきたんですね(泣) なごや市民火災共済ですら10万円の見舞金が出るというのに。

実は愛知県共済の前は東京海上日動の火災保険に入っていたんです。けっこう高い掛け金でしたけど、地震保険も付けてました。

ところが10数年前に町内会経由で火災共済に誘われました。掛け金がそのとき加入していた東京海上日動のより半分ぐらいの安さだったので火災共済に乗り換えちゃいました。

保険なんてどれでも同じ。じゃないです。 台風被害の補償しか見てないけど、それでも各社ずいぶん補償内容、金額が違います。

何十年も掛け金払ってきても、今回の私みたいに補償ゼロでは意味がないですもの。掛け金の安さではなくて補償内容で保険を選ぶべきでした!いまさらですが。

今回は台風でしたが、「来るぞ、来るぞ」と言われて10数年の東南海トラフ地震のこともあります。これを機会に火災保険をきちんと見直すことにしました。

みなさまのおうちの火災保険はいかがですか? 生命保険に、車の保険、ペット保険、いろいろ出費がかさむ日々ですが、火災保険もすごい大事ですよね。災害大国ニッポンに住んでいるからには、避けられないですよね。それでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

台風で消防車とはしご車がきました(泣)

こんにちは。一週間ぶりの更新です。

この一週間いったい何をしていたのかと申しますと、、、7月後半から書いてきた40数記事を読み直し、誤字脱字の訂正→記事公開の作業を華麗にさっさと終わらせるつもりが、、、じつは大苦戦しておりました(汗)

文章ヘタクソなのはあたりまえなんですけど、なんだか意味不明な言い回しがあったり、句読点の打ち方がめちゃくちゃなんですよ。もちろん誤字脱字もあったし、とても凹みました。

国語能力は大丈夫か、きみは・・・。

はい、気を引き締めて、頑張っていきます、ふぅ、、。

そんな孤独の作業の続く中、台風21号が日本を襲いました。大阪をはじめ近畿地方が甚大な被害を受けました。そして名古屋でも相当な被害がでました。

遅れましたがみなさま、この台風でお怪我や被害はありませんでしたでしょうか。被害にあわれた方にお見舞い申し上げるとともに、1日も早く日常が戻りますように。

日本で生きるということは災害と共に生きるということだと、改めて思い知らされた1週間でありました。

そして私は、生まれて初めて消防車とはしご車のお世話になりました。💦

台風当日は午後5時30分ごろ、暴風と雨がおさまるのを待って帰宅しました。

玄関口まで戻ると、なにやら木片やらゴムの部品のようなものが散乱してる。

「???」と思って、周りを見回したり、上を見上げると、

「ま、まずい・・・。」

私のうちのベランダのフェンスにはステンレスパネル(アルミパネルかも?)がかぶせてあるのですが、その一部分が土台からはがれて、風にあおられ、ぶらぶらしてるんです!

家の前は広い歩道、歩行者も多い。

もし落下して歩道の通行人に当たったら、間違いなく大けがです。けがだけじゃすまない、たぶん。冷や汗がたら~と出ました。大変なことになった。焦る、焦る。

その問題の部分は手の届かないところでした。修理業者を呼ぶにも既に時間外。とにかく危ないので「119番」へ電話してみる。で、さすが「119番」すぐつながりました。状況を説明すると、

「わかりました~。じゃ、向かいます。え、時間?ちょっと言えないけど、向かいますよ~。」

消防車が到着するまで私は通行人に家から離れて歩いてもらうよう誘導。

そして40分後、消防車と作業車が到着。

本物の消防車が到着。

まさか消防車で来ていただくなんて思いませんでした。たしかに「119番」したけど、消防署の作業車で2~3人、と思ってたから。

しかも、もっとすごいことになりました💦

消防車から降りた隊員さん、問題のベランダを見るなり、

「あ、あそこですねー。はしご車がないと無理ですねー。今から手配しますからもう少し待っとってね。」

は、はしご車ですか?

たしかに高いところだけど、大ごとになってしまいました。しかも、この時すでに隊員さんは5~6人いるし。ご近所さん、通行人さんが集まってきました。

待つことさらに20分。はしご車も到着。そして少し遅れて交通整理の警察も到着。

はしご車での作業は1時間ぐらいだったでしょうか。ベランダフェンスの土台から外れたステンレスパネルを応急的に固定していただきました。

作業が終わったのは夜9時過ぎていたと思います。

消防隊員さんから作業の内容説明と近日中にきちんと修理する必要があるとのお話を聞きました。

10名を超える隊員さんにお礼を申し上げて見送ったのは、たぶん9時半ごろ。

来てくださった消防隊員さん、本当にありがとうございました。

ご近所のみなさま、ご心配とご迷惑をおかけしました。通行人のみなさま、道をふさいでごめんなさい。

問題の箇所に気づかず放置していたら、後でとんでもない事故になっていたかもしれません。考えるだけでも悪い汗が出てきます。

その前に気づき、たくさんの方の力で助けていただきました。まさに不幸中の幸いです。重ねてありがとうございました。

修理業者をみつけて依頼しないといけないんですが、台風の被害が大きかったせいか、難航しております。修理業者さんは今どこも忙しく、急ぎの対応は無理とのことなんですよ。ふぅ。

そんなこんなでブログを1週間休んでしまいましたが、またよろしくお願いします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「注文の多い料理店」を再び読んでみた

こんにちは。

朝、携帯をいじっていて今日8月27日は宮沢賢治の誕生日だと知りました。

宮沢賢治作品って、中学生の時に読んだなあ、と懐かしく思い出しました。読書感想文を書くために読んだ人も多いと思うし、私は「銀河鉄道の夜」とか「セロ弾きのゴーシュ」とかいくつか読んだ記憶があります。

当時読んだ宮沢作品に抱いたイメージは、とにかく幻想的で非日常の世界がどんどん展開する感じで、おまけに猫とか熊とか動物がフツーに登場してくるという「なんだか不思議な世界」でした。その一方で宮沢賢治の代名詞「雨にも負けず」みたいなド直球作品もあるわけで、感受性が平凡な中学生の頭の中は混乱するばかりでした。

そういえば、「注文の多い料理店」には犬や猫がでてたな。でもこの作品も日常を突き抜けたような設定でなんだか風変りな印象が強く、当時の私にはこの作品に込められた賢治のメッセージが理解できませんでした。

もう一度読んでみようかな。You Tube でみつけたので賢治生誕の日に朗読を聴いてみました。

日本を代表する作家としてあまりにも有名な宮沢賢治ですが、数々の名作が出版されたのは彼の没後でした。「注文の多い料理店」を表題作とする短編集が生前に出版された唯一の作品でした。彼はたくさんの名作が世に認められる前に亡くなっていたんですね。

2人の若者が(たぶん裕福)山へ猟をしにきました。ところが猟はさんざん、連れてきた猟犬も泡を吹いて倒れてしまいます。疲労困憊して空腹な2人は山の中に突如現れた洋館「山猫亭」を見つけ入ります。「何かうまいものをただで食わせてくれるに違いない。」根拠のない期待をもって。

この山猫亭、2人に次々と奇妙な注文をしてきますが、2人はその意味に気づくどころか自分たちに都合よく解釈して、注文に応えていきます。

最後の注文「自分の体に塩をたっぷり塗り込んで。」のところで2人はようやく気づきます。猫たちの策略で自分たちが食べられるてしまうことを。

もはや絶体絶命のところへ倒れたはずの猟犬が乱入し、2人は命からがら逃げだすことができました。ところが2人の顔は恐怖でくしゃくしゃになり元に戻ることはありませんでした。

以上があらすじでした。でも実際読んでみたほうがわかりやすいと思います。

中学生の頃はこの物語の意味やメッセージがわからずに消化不良のまま終わってしまいましたが、歳を重ねた今読んでみると「ああ、そうなのか。」と思えることができました。

裕福でインテリのはずの若者2人が、立派な洋館という権威の前では何でも信じてしまい従うということへの痛烈な皮肉であり、その滑稽やばかばかしさを暴いています。

宮沢賢治の実家は裕福な質屋で、彼の学業も豊かな生活も実家の繁栄が土台であるわけです。しかし彼は、実家の裕福さは農民たちの貧困や犠牲の上に成り立っていることに嫌悪感を抱き、その苦しい心情を物語の若者2人への皮肉と言う形で表現したのでは、と感じています。

また、物語の冒頭、2人で獲物が殺される様をおもしろおかしく語り合うシーンがあるのですが、殺生する側がなんと殺生される側になろうとしている逆転劇も、かなりキツイ皮肉だと思います。

動物や自然、すべての命あるものとの共生を望んだ宮沢賢治のヒューマニズムがこの物語にも流れていました。

何十年ぶりの「注文の多い料理店」でしたが、また読むことができてよかったと思っています。

賢治が東北の飢饉のときに書いたと言われる「雨にも負けず」はもちろん好きですが、

名言「世界ぜんたいが幸福にならないうちは、個人の幸福はありえない」(農民芸術概論綱要)も大好きです。

なんだか少し背筋が伸びるような気分です。

宮沢賢治が生きた時代から100年近く経っていますが、もし彼が今の時代を生きていたとしたら、犬や猫、動物の状況をどのように描いてくれたでしょうか。今も残る写真の、あの真っ直ぐなまなざしをみるたびに思います。

宮沢賢治の名言集

 

 

 

 

 

 

 

「ほぼ日」の怪談と糸井さんのブイコちゃん

こんにちは。

怪談はお好きですか? 今まさに8月なのでほぼ日の怪談2018 を毎日楽しみに読んでおります。このサイトは100%読者の投稿で構成されていて、まさにリアルな恐怖体験が生々しく恐ろしいと評判のようです。

プロのライターが余計な脚色をしていない分、よりいっそう怖い恐ろしいというのが高評価の理由のようです。書籍化もしており売上げ好調とのこと。

このサイト、すご~く怖いかといえば、怖いとも思うし、ちょっとだけ怖いとも思います。歳をとった分、怖いものに鈍くなってきたともいえるし、現実には「一番怖いのは今生きている人間」という言葉の意味がすこーし分かってきたりしますから。

投稿記事の中で結構多いのが亡くなった両親、祖父母、親友などが投稿者を心配して戻ってきてくれたのを霊体験したというものです。これは読んでいてもあんまり怖くないんですね。だって心配して来てくれたんだもの。なんだかお盆で戻ってきたご先祖に会えた、ぐらいの感覚ですよね。

そんな怪談を読んでちょっと震えたあとは同じほぼ日サイトの糸井重里さんのエッセーを読んだりします。1998年のサイト立ち上げ以来、1日も休まず更新されている、って20年以上じゃないですか?すごいことです。

糸井さんは今年の3月に愛犬のブイヨンちゃん(ジャックラッセルテリア)を亡くされた後はご自分の年齢を考えて(糸井さんは1948年生まれ)一時は犬を飼うことを諦めていました。

ですが! 8月21日にほぼ日サイトと自身のツイッターで生後100日すぎの子犬ブイコ(ジャックラッセルテリア)を家族に迎えることを発表しました。

 ブイコちゃん、ほぼ日サイトより画像お借りしました。

自分の年齢と犬の寿命を考えると、誰でもどこかの時点で犬を迎えることを諦めざるをえません。それは誰でも同じ。でも犬が大好きで、もう一度一緒に暮らしたい人はどうすればいい?

糸井さんはそれまでほぼ日サイトでも支援している動物保護団体の保護犬の「預かりボランティア」をしようと考えていたそうです。

「預かりボランティア」という言葉、最近よく耳にするようになりました。自身の年齢や環境のため犬や猫を家族にはできないけれど、ボランティアとして一時的に保護犬や保護猫を預かるというシステムです。人慣れしていない保護犬を家庭環境に慣れさせたり、離乳前の子猫を育てるミルクボランティアなど、犬猫の飼育経験豊富なシニアが活躍されています。

糸井さんの場合は、奥様が10歳年下であること、娘さん夫婦がこれまた犬好きというリスクの受け皿がすべて整っていたということで、ブイコちゃんを迎えることに踏み切れたようです。

自身が飼い主となること、預かりボランティアとなること、どちらを選択するかはそれぞれだと思いますが、大好きな動物と再び暮らせるってすばらしいですよね。

犬を亡くした後は、「自由に旅行ができる。」「お世話をしなくていい。」「時間を気にして急いで帰宅しなくていい。」など、いろんな自由を取り戻すわけですが、

「犬がいなくて自由なのは、もういい。」(糸井さんのエッセーより)

そうなんですね! この一言に尽きるというか。犬がいなくて旅行できる自由よりも、旅行できなくても犬と共に暮らす喜び、ですよね。

糸井さんはブイコちゃんを迎えることで預かりボランティアを諦めたわけですが、動物保護団体への支援はこれまで通り続けられるそうです。

ブイコちゃん、元気で育ってね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

老犬のいとおしさを味わう2

こんにちは。

というわけで老犬を散歩させているといろんな方に声をかけられることが多く、ときどき「ん~」な思いをすることもある、ということを昨日書きました。

でもそれはほんの一部、少しです。たしかによろよろ歩く老犬を連れていると、少し驚いたような様子で見られることもありますし、そういう視線を感じたりもします。老いとか介護が自分の身近にまだない人、経験したことがない人にとっては自然に受け入れられない光景もあるかもしれません。

でもね、そんなことが気にならなくなるぐらい「人って温かいな」と思うことがたくさんあります。

「今日も頑張ってるね~。気をつけてね。」

「大事にしてもらったから長生きできたんだね。」

「おじいちゃんだけど、なんだかかわいい。」

老犬になってから声かけて頂くようになった優しい言葉の数々。嬉しいです。若いころはスタスタと散歩に夢中で、声をかけられることもあまりなかったですから。長生きしてよかったね。

うちの犬がまだ若かったころの話です。散歩の途中でよく見かけた芝の老犬とおじいさんのことを今でも覚えています。

毎日すれ違うのに、おじいさんは寡黙な方でごあいさつもできませんでした。ですが、老犬とおじいさんの後姿はいつも幸せそうで、愛情を注いで互いに歳を重ねるってこういうことなのだな、といつも思ってました。

何年か経ったある日からその老犬とおじいさんを見かけなくなりました。そして、その数か月後、おひとりで散歩をされるおじいさんを遠くから見かけました。あの芝の老犬はその愛情に満ちた寿命を全うしたのだな、と。

「大事にしてもらったから長生きできたね。頑張ってね。」

自分が言われて嬉しかった言葉を老犬とおじいさんにもかければよかった。寡黙で話しかけ辛いおじいさんだったけど、そんなこと気にせずにあのとき話しかければよかった、今でもそう思っています。

子犬や子猫はかわいい。無条件で愛らしい。

でも、老犬は無条件でいとおしいです。かわいくて、いとおしくてしかたがないです。このいとおしさをいつまでも味わっていたいです。

老犬と暮らした人にしかわからない、なんて言っちゃうとそうでない人を突き放してしまうみたいだけど、、、長い年月思い合って歳を重ねて、どんどんいとおしくなる感覚、経験して初めてわかるものではないでしょうか。

若くてやんちゃだったはずの子(犬)は人間の何倍もの早さでその生を進んでいきます。気がつけば老犬になっていて、あとどれだけ一緒にいられるのか、どうか一日でも長く元気に、そう思うと毎日が大切でいとおしいものになってきます。

普通に街を歩いていて見かけるのはまだ若かったり足腰のしっかりした犬の散歩ですよね。足が弱った老犬の散歩は少ないと思います。

もし、声をかけるなら、「かわいそう」じゃなくて

「幸せだね。」「頑張って。」「いつまでも元気でね。」が

いただいていちばん嬉しい言葉かな。

シニア年齢の犬猫の飼い主様、みなさまのいとおしい子がいつまでも元気で健康でありますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

老犬のいとおしさを味わう

こんにちは。

ずっと思っていたけれど敢えて口に出さなかったことがありまして、そしたら先日私が思っていたことそのものずばりをつぶやいてくださった方がいて、世間ではそのツイートに対する賛同が満ちあふれ、私もとても嬉しいです。

このツイートです。

投稿者はもも@momodog22 さんという方で18歳近い甲斐犬の老犬を看取るまでの思い出をツイートされています。

私も現在この投稿者さんと同じく18歳近い老犬(雑種♂)の介護中です。

とにかく散歩が大好きな犬で、15歳になるまでは朝晩あわせて1日合計2時間30分は散歩していました。ところが16歳を迎える前ぐらいから後ろ足が徐々に弱り始めました。

17歳になってからは自力で歩けるというものの、トボトボ、よろよろという感じで座り込んだり、つまづいて尻もちをつくこともしばしばです。

階段の登り降りはもうできません。前足の力はまだ残っているので、階段の登りは後ろ(下)から押し上げる感じで、降りるときは危ないので抱っこです。歳を取ってかなり痩せたんですが(私じゃなくて犬が)、それでも13㎏あるので重いです。

そんなかんじで誰がどう見てもガチな老犬が散歩していると目立つのでしょうか、道で声をかけられることが増えてきました。だいたい1日に2~3回ぐらい。声をかけられない日はまずありません。

犬がまだ足が弱る前、普通に歩けた頃はほとんど道で声かけられることはありませんでした。よほどの犬好きさん以外は。

上のツイートのように、「あらら、かわいそう」なんて言われたことはさすがにありませんが、というか、そんなこと言われたらなんと返せばいいんでしょうね。

「かわいそう」って、なんでしょう。もし足の弱ったご老人が歩いていても「かわいそう」なんて絶対に言わないと思いますが。

私も言われたことがあります。()の中は私の心のつぶやきです。決して声には出しませんが。

「いくつになった? だいぶ弱っとるね。」→(そういうおじさんもだいぶ弱っとると思うけど)。

「こんな足でも散歩行くの? 行きたくないって言わない?」→(足が弱っても散歩は好きなんだよ。散歩しないと弱るんだわ、足が。)

「がんばって歩かないといかんぞー。」→(足が弱いから休んでるんですけど。分らないかな。)

相手が人間ならば普通は言えないでしょ、みたいなことを言われます。こういう発言するのはほぼ団塊世代以上の男性が多いような気がします。悪気はないけど物言いがストレートすぎるというか、悪く言えば相手の心情を考えてないというか。

全部じゃないですよ、同世代の人でも優しくてユーモアのこもった言葉をいただいた方もいるし。

でもね、「ん~」な言葉よりうれしい言葉のほうがずっとずっと多いです。続きは明日にしますね。

このもも@momodog22 さんのツイート、初めて知りましたがかなりおもしろいです! 老犬の魅力を語りつくします。

「エアコンは老犬のためにある。」

「老犬が不足している。老犬が足りない。」

などの名言(私が認定しました)も数々あります。老犬だけでなく犬好きの方、ぜひ覗いてみてください。

 

 

 

 

 

送り火の日の雑記

こんにちは。

地元の代表、愛工大名電の夏が終わりました。

今日の朝はいつもより少し早起きして犬の散歩やごはん、猫トイレ掃除や猫ご飯の支度を早めにすませました。

大急ぎで家事をすませて8時と同時にテレビ前にスタンバイします。

「頑張れー、愛工大名電!」

あああ~、、がんばって応援したけど結果は残念でした。

エラーとかもあったし、報徳学園ほどの強者がそれを見逃すはずないし、しかたがなかったね。

初戦はあの話題の白山高校と対戦し注目を集めたし、ハイレベルな応援団、ブラスバンドも聴きごたえ抜群でした。 Deep Purple やってましたよね!

愛工大名電は激戦の愛知県予選を勝ち抜いて甲子園への切符をもぎ取った強豪校。それを誇りにしていいよ。胸張って帰ってきてください。

来年も応援するよー。

昨日は午前中にお墓参りに行ってきました。猛暑が少しおさまったとはいえまだまだ暑かったです。そのあと母親と姉と合流し、お寿司と刺身でビールをいただきました。お盆らしい1日を過ごせました。

そして、今日でお盆も終わり。送り火の日。

お盆で戻ってきてたご先祖様も今日またあちらへ帰って行かれるんですね。

この歳になって恥ずかしくも初めて知ったのですが、お盆の行事って日本古来の祖霊信仰と仏教が融合したものだそうです。私は勝手に仏教行事だと思ってたのですが、実際は仏教が伝来して日本の社会に広がるずっとずっと以前から信仰として日本に根付いていたんですね。

私が見送った今は虹の向こうの猫さんたちも来てくれたかなあ。

お盆だから来てくれますよね。そんなに霊感ないので感じないのでしょうか。それとも、みんな優しい子ばっかりだから、脅かさないようにしてくれているのでしょうか。私がびっくりしないように。びっくりさせてくれても全然大丈夫なんですけどね。

私が好きな猫マンガ「俺、つしま」の中でとても好きなシーンがあります。

最年長のズン姐さんが大往生で旅立った1年後、残ったつしま、ちゃー、オサムはズン姐さんの言いつけを守り、平和な日常が流れます。

「ねえさんはいろんなところにいるよ。」

晴れた空を仰ぐつしま。空にはズン姐さんの形をした白くきれいな雲が浮かんでいます。

目で見えないから、触って感じないから、だから何もいないじゃなくて、いろんなところにいるんだと思います、ほんとは。私たちはただ感じればいい。

おまけは数日前の今池の夕空。少しだけ夕暮れが早くなりました。

 もっと鮮やかな夕暮れだったんだが。