送り火の日の雑記

こんにちは。

地元の代表、愛工大名電の夏が終わりました。

今日の朝はいつもより少し早起きして犬の散歩やごはん、猫トイレ掃除や猫ご飯の支度を早めにすませました。

大急ぎで家事をすませて8時と同時にテレビ前にスタンバイします。

「頑張れー、愛工大名電!」

あああ~、、がんばって応援したけど結果は残念でした。

エラーとかもあったし、報徳学園ほどの強者がそれを見逃すはずないし、しかたがなかったね。

初戦はあの話題の白山高校と対戦し注目を集めたし、ハイレベルな応援団、ブラスバンドも聴きごたえ抜群でした。 Deep Purple やってましたよね!

愛工大名電は激戦の愛知県予選を勝ち抜いて甲子園への切符をもぎ取った強豪校。それを誇りにしていいよ。胸張って帰ってきてください。

来年も応援するよー。

昨日は午前中にお墓参りに行ってきました。猛暑が少しおさまったとはいえまだまだ暑かったです。そのあと母親と姉と合流し、お寿司と刺身でビールをいただきました。お盆らしい1日を過ごせました。

そして、今日でお盆も終わり。送り火の日。

お盆で戻ってきてたご先祖様も今日またあちらへ帰って行かれるんですね。

この歳になって恥ずかしくも初めて知ったのですが、お盆の行事って日本古来の祖霊信仰と仏教が融合したものだそうです。私は勝手に仏教行事だと思ってたのですが、実際は仏教が伝来して日本の社会に広がるずっとずっと以前から信仰として日本に根付いていたんですね。

私が見送った今は虹の向こうの猫さんたちも来てくれたかなあ。

お盆だから来てくれますよね。そんなに霊感ないので感じないのでしょうか。それとも、みんな優しい子ばっかりだから、脅かさないようにしてくれているのでしょうか。私がびっくりしないように。びっくりさせてくれても全然大丈夫なんですけどね。

私が好きな猫マンガ「俺、つしま」の中でとても好きなシーンがあります。

最年長のズン姐さんが大往生で旅立った1年後、残ったつしま、ちゃー、オサムはズン姐さんの言いつけを守り、平和な日常が流れます。

「ねえさんはいろんなところにいるよ。」

晴れた空を仰ぐつしま。空にはズン姐さんの形をした白くきれいな雲が浮かんでいます。

目で見えないから、触って感じないから、だから何もいないじゃなくて、いろんなところにいるんだと思います、ほんとは。私たちはただ感じればいい。

おまけは数日前の今池の夕空。少しだけ夕暮れが早くなりました。

 もっと鮮やかな夕暮れだったんだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

終戦日と猫

こんにちは。

8月8日に亡くなられた翁長沖縄知事のご冥福をお祈り申し上げます。

病状が悪化し、かなりお痩せになられてからも、あの強い、筋の通ったまなざしが変わることはありませんでした。命ある限り闘うってこういうことなのでしょうか。最後まで沖縄を愛し、沖縄のために尽力された翁長知事の魂が安らかでありますように。

8月15日がきて、今年も終戦日を迎えました。

8月に入ると、新聞の読者コーナーには戦争体験の投稿が多く寄せられ、特集なども組まれたりしますね。年月とともに戦争経験者が少なくなってきた今日、かれらが語る生の声がよりいっそう貴重なものとなってきました。

私の家は新聞購読辞めてしまったんですが、十数年前の新聞とってた頃のことです。何年前のどの日だったのか、中日新聞だったのか朝日新聞のどっちだったのかも定かでなくてすみません。

「終戦の思い出」のコーナーがあり、読者の戦争体験談がたくさん投稿されていました。その中で、沖縄の女性の方の一通の投稿に目が留まり、それから10数年、毎年終戦の日が近づくと、その方の投稿を思い出すんです。

シンプルで飾り気のない短い投稿でした。

不完全ながら記憶をたどってその投稿を再現すると、

 

終戦を迎えたものの、混乱がおさまらぬ沖縄での暮らしの中で、ある日1匹の猫が我が家に迷い込んできた。

悲惨な暮らしだったけど、食うや食わずはお互いさま、うちでよかったらと家に迎え入れた。その猫はうちで暮らし始めた。

それから何か月もたったある日、その猫は突然姿を消した。近所を探し回ったが見つかることはなかった。

落胆しながら家に戻ると、土間の上がったところに紙に包まれた牛肉の塊が置かれていた。

「あの子だ。」

すぐ近くの米軍基地からどうやって盗み、運んできたのであろうか。

短い間だったけれど寝食を与えてもらったことへのお礼だったのだろうか。

あの子はどこへ行ったのだろうか。毎年、終戦の日が近づくとあの子のことを思い出す。

 

終戦間もない沖縄での、人と猫の小さな、温かくも切ないエピソードでした。

人間ですら食うや食わずの、生き抜くことさえ困難な終戦直後の沖縄の生活の中で、ふらっと迷い込んできた見知らぬ猫を受け入れたこの女性の懐の深さ、そして自らを受け入れてくれた女性と家族への精一杯のお礼を置いて消えてしまった猫の去り際の見事さ、美しさ。

毎年8月になると思い出す、会ったこともない人と猫の小さなエピソードを私は来年も再来年も8月が来たら思い出すことでしょう。

この女性は今もご健在でしょうか。もしそうならお会いしてお話ししたいと思いますが、それもかないません。記名されていたお名前も、新聞は中日だったか朝日だったか、何年何月何日の記事だったのかも今はわかりません。切り抜きをしなかったことを後悔するよりほかありません。

だけど確かなことは、名古屋からずっと離れた沖縄での、猫好きでなければ気にも留めなかったであろう小さなエピソードを、私はこれからもずっと忘れないであろう、ということです。

人も、猫も、他の動物も、どの生物も自然も、いつも通りの生活がこれからも続きますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

日本が誇るあのおまつりにちゅーるが乱入

こんにちは。

今年の青森ねぶた祭にいなばCIAOちゅーるが登場、会場を沸かせたそうです。

あの東北三大祭り、8月2日~8月7日の6日間で300万人を動員するといわれる青森ねぶた祭に、ちゅーるが満を持して登場しました!

「青森ねぶた祭」。一度は行ってみたい、だけどなかなか行けない憧れのおまつり。実際訪れた方に聞いてみると、それはそれは幻想的かつ雄大、すばらしいおまつりで、一度経験するとハマってしまう、また行きたくなってしまう、とのこと。

そんな日本が世界に誇る青森ねぶたまつりにデビューを果たしたちゅーるですが、、、

私はちゅーるを食べている猫を観察するのが大好きです。目を細める子、大きく目を見開いて必死になめる子、2匹に1本をあげていると途中から殴り合い(笑)になったり、譲渡会とかで人慣れしていない子など「シャー」って威嚇しながらペロペロなめていたり(器用すぎるでしょ)、チュールをなめる作法は、まあ猫それぞれ、本当に見ていて楽しい。

このねぶたの茶トラ猫さんは「目を細める派」ですね。

飼い主さんといい、茶トラのねこさんといい、今日も元気だ、ちゅーるがうまい的な幸せ感出してますねー。これは会場湧くはずだわ。

先日のブログでも書きましたが、連日続く名古屋の猛暑、私は毎日うちのみいに冷やしちゅーるを召し上がっていただいております。冷蔵庫の中を確認してはちゅーるの補充に余念がありません。

夏場の水分補給として器に入れて少しだけ水を足してあげてもいいみたいですよ。猫は腎臓の病気にかかりりやすい動物なので、しっかり水分取ってほしいですね。

しかしこのちゅーる、塩分も含んでますので与えすぎ注意のようです。私も気をつけます。あと、生後6ヶ月未満の子猫にも与えないほうがよいみたいです。子猫はおやつよりもフードをしっかり食べて成長していただかなければ。

ちゅーるってテレビのCMもおもしろいですよね。

猫が夢中でちゅーるをなめる映像とともに流れる、あのゆる~いボーカルは中毒性あり? だけどほっこり幸せな気分になります。

私のお気に入りはCMフルバージョン版です。You Tubeでみれるやつです。出演は一般応募の全国の猫さんで思わずクスッと笑ってしまうかわいさです。

歌詞はまとめますと「いい子でお留守番してたからちゅーるちょうだいよ。」という内容なのですが、猫の主張のひとつに、

「花びんも割らずにまってたよ。」

というのがあります。花びん割らなかっただけでいい子、って猫らしいですね。

3分間フルで楽しめますよ~。特に後半の大合唱は圧巻です。気がついたら合唱隊に参加してるかもしれませんよ。私は気がつけばいつも歌ってしまう、、いなばさん、上手いな。

カラオケできたらヒットするよ! 絶対。

既にカラオケあったらごめんなさい。

それでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

8月6日

こんにちは。

今日は8月6日、「原爆の日」です。

平成最後の「原爆の日」。

来年は新しい元号での「原爆の日」。

73年前の今日の朝8:15、広島に原爆が投下され、一瞬のうちに10数万人の尊い命が奪われてしまったこと。

その日の広島も今日みたいに暑くて、朝から晴れた日だったんだろうか。

その日の朝の広島に思いをはせるとき、人間同士の戦争に巻き込まれ、命を落としたたくさんの動物、犬や猫たちのことを思わずにはいられません。

戦争や大災害で多くの人間が犠牲となるとき、人的被害はのちに詳しく調査され、発表されるけど、動物に関しては、残念なことにほとんどないです。

多くの人が動物のことを心配しているとしても、「人間がたいへんな窮地のときに動物どころではない」みたいな、ふれてはいけないような雰囲気もあります。

かれらは言葉を持たない生き物。どんなに悲惨なことがかれらの身に起こったとしても、かれらが語り部として後世に伝えることはありません。

だけど、

かれらはどこかでだれかと共に生きて、どこかのだれかの大切な存在であったはずです。今、私たちが犬や猫やほかの動物と暮らす幸せが、あの時代にも同じようにあったはず。

戦争は私たちから大切なものを簡単に奪い去る。

何気ない日常のなかの幸せ、あたりまえのように存在してた幸せも、すべて容赦なく奪っていく。

あの日、73年前の広島の朝、奪われたのは10数万人の人間の命だけではなく、動物や自然、命あるものすべてが理不尽にその生を絶たれたのだということを忘れずにいようと思います。